ensōコミュニティマネージャーのぬまっちです。
初回のスタッフブログのテーマとしてどうかと思いましたが、私の趣味であるカードゲーム(ボードゲーム)と、最近少し調べた戦国時代をなかば無理やりつなげたお話をしてみたいと思います。
さっそく質問なんですが、『小早川』というカードゲームをご存知でしょうか。

「単純。でもない。」というキャッチコピーのとおり、単純なルールの中に熱い読み合いや駆け引きを短時間で楽しめるゲームです。
https://oinkgames.com/ja/games/analog/kobayakawa-2025
ルールはどんなものかというと、1~15のうち数字1つが書かれたカード15枚を各プレイヤーに手札として1枚ずつ配ります。自分の手番では、山札からもう1枚数字のカード引いてどちらかを捨てるか、場にある”小早川カード”を差し替えるかを選びます。最終的に手札の数字が一番大きい人が勝ちなんですが、一番数字が小さい人に小早川カードが味方して数字が加算されます。
私が好みのゲームということもあり、持っているゲームの中でも一番遊ばれているのですが、ルールを説明するたびに関ヶ原の戦いで戦況を決定付けた小早川秀秋の話を少し添えていました。毎度説明し、質問に答えているうちに私自身が小早川秀秋に少し詳しくなり、戦国時代へと興味の幅が広がっていきました。
(※オインクゲームズさんが「小早川秀秋」をモチーフにしていると公式発表しているわけではなく、あくまで個人の見解であり想像です。)
さて、本題に入っていきますと、混沌を極めていた戦国時代。 当時のコミュニティマネージャーは誰だろうか。と、想像を巡らせてみました。
名軍師と言われた黒田官兵衛、茶の湯を大成させた千利休…などなど。色々な人物が思い浮かんできます。特に千利休が完成させた茶室という空間は、帯刀を許さず、身分や立場を一度リセットしてひとりの人間として向き合う場所でもあったようです。身分や立場を超えて人が集まり、対話を重ね、予想外の化学反応が生まれる場の設計が茶室にはあったのだと思います。
現代のようにチャットツールも電話もなかった時代、彼らはどのような対話で人と人を繋ぎ、コミュニティマネージャーとして活躍(暗躍?)していたのだろうと想像すると、ワクワクしてきます。
飛騨国でも、高山城下町を築いた金森長近の近くで、コミュニティマネージャーのような役割を果たしていた人がきっといたのではないでしょうか。

戦場でもなければ、平穏な令和の飛騨高山ですが、ensōには、日々様々な仕事やバックグラウンドを持った方が集い、それぞれの時間を過ごされています。
戦国時代の茶室のように、ここに来れば不思議と良い対話や出会いがあるな、と思ってもらえるような場をみなさんと一緒に作っていきたいと思います。
『小早川』をやったことがある方も、やってみたい方も、歴史がお好きな方も、ぜひ気軽に声をかけてください。
これからどうぞよろしくお願いします。